山田風太郎「甲賀忍法帖」

甲賀忍法帖 (角川文庫)

甲賀忍法帖 (角川文庫)

あけましておめでとうございます。
2012年第1弾に何をとりあげるかしばし悩んだが、忍者でいこうと思う。
「甲賀忍法帖」はなんと1958年刊行。
「バシリスク」というタイトルで漫画・映画化されたのでそちらの方が有名だろうか。
山田風太郎なら50年以上前に書かれた本作でなく、最近読んだ「明治十手架」か「婆娑羅」でもいいのだが、やはり忍者がでてこないとしっくりこない。忍法抜きの山風は餅抜きの雑煮みたいで味気ないし。


山風のイメージは強烈な赤ピンク。
近所の公立図書館の文庫本コーナーに毒々しいフューシアレッド(fuchsia red)というかカーマインレッドというか、ものすごく目立つ色の角川文庫シリーズがあり、春画めいた表紙とともに鮮明に記憶に残っている。
…たぶんエロ本だと思ってたからだろう。

なにせ山風の筆が描く女忍者(くのいち)はことごとくエロい。
肉感的で淫靡、時に卑猥なほどの色気を武器に、使命を果たすべく命を削って奮闘する。
生々しい官能描写があるわけでなし、今読んでみたら「ふーん」と読みとばす程度のエロスなのだが、何せ初見は十代前半。イケナいものを読んぢゃってる!背徳感にココロをふるわす、まさに禁断の果実だったわけです。
山風の忍法シリーズはいくつか読んだけど、風来忍法帖が一番面白かったなー。
香具師7人組が姫を守って忍者と闘うんだっけか。おかげで2chが流行る前から「香具師」の読み方知ってたわw


さてさて、甲賀忍法帖。
世継ぎ騒動に揺れ動く徳川家。三代目を決めるべく大御所家康がとった策とは、忍者による代理戦争だった。先祖代々骨肉の争いをつづける宿敵伊賀と甲賀、それぞれの谷から10名の精鋭を選び、最後の一人になるまで殺しあわせる。
皮肉なことに、伊賀と甲賀の若き首領は互いを恋するロミオとジュリエットだった…。


筋書きは単純なラスト・マン・スタンディング的サバイバルものなのだが、秘術の限りを尽くして闘う、その秘術がなんせまぁものすごい。
ねばねば糸を口から吐き出す蜘蛛男、全身の毛穴から血液を吹き出す女。
ぐにゃぐにゃ骨なし男に塩に溶けるナメクジ男、体色を自由に変えるカメレオン男に全身の毛が針のようになる毛むくじゃら。
自由に顔を変える男や、虫を自在に操る少女なんかは割と可愛い方で、手足のない身体に槍を吞み込み腹の鱗で這う芋虫男やら首を切られても死なない不死身の忍者が出るに至ってはもう、フリークショーを越えて凄まじいとしか言いようがない。


しかもここが山風最大の見所なのだが、これらトンデモ忍術は「あきらかに人間の、いや生物の、肉体の可能性の範囲にありながら、しかも常識を絶したもの」だそうで、医科大卒の経歴を生かしてか?いちいち科学的説明がなされるのだ。

たとえば蜘蛛男、風待将監の吐く糸は強烈に粘度の高い唾液だという。

人間が一日に分泌する唾液は千五百ccにおよぶ存外大量のものである。思うに将監の唾液腺は、これを極めて短時間に、しかも常人の数十倍を分泌することを可能としたものであろう…ここまでは異常体質としても、それを息と頬と歯と舌で、あるいは粘塊として吹きつけ、あるいは数十条の糸として吹きわけるのは、やはり驚嘆すべき錬磨の技だ。

な、なるほど。錬磨をすれば唾液がちょっと粘つく人なら蜘蛛の糸が吐ける…わけなかろう。

不死の忍者、薬師寺天膳の秘術に至ってはこうである。

奇怪は奇怪だが、世にあり得ないことではない。蟹の鋏はもがれてもまた生じ、とかげの尾はきられてもまたはえる。みみずは両断されてもふたたび原型に復帰し、ヒドラは細断されても、その断片の一つずつがそれぞれ一匹のヒドラになる…薬師寺天膳は、下等動物の生命力を持っているのか?

な、なるほど。確かにミミズは両断されてもまた元に…って進化の歴史どれだけ無視するつもりなのか。
イエス、人間。高等動物。
あと「持っているのか?」って、読者に問いかけないでいただきたい。答えられないし。
もっともらしく例を引く辺りテキトー病理学にもほどがあるw


とまぁ、抱腹絶倒・ファンタスティックな殺しあいが全編を通じて淡々と展開される甲賀忍法帖だが、山風さんの何よりもスゴいところはこれだけ練りに練ったキャラクター達を惜しげもなく死なせることだろう。
サバイバル要素のない他の忍法帖でも、大概は仲間がどんどん減っていくパターンだし。
「忍びの者」と呼ばれ歴史の裏舞台を暗躍し、ぼろ雑巾のように使い捨てられる忍者の悲哀を描いた…といえばもっともらしいが、単に山風さんが次々違う秘術を出したいだけかもしれない。


奇想天外な秘術に驚き、くっだらねーとげらげら笑って後味すっきり。結局こういうエンタメが好きかも。