桐野夏生「メタボラ」

メタボラ

メタボラ

事実は小説よりも奇なり。
だけど事実を小説にしたら遥かに読みやすくなる。


桐野夏生さんの作品は実際の事件や世相からインスピレーションを得て書かれることが多いようだ。
東電OL殺人事件を主題にした「グロテスク」や、新潟少女監禁事件に着想を得た「残虐記」、「東京島」も実際にあったアナタハン島での事件が元だった。
読者が知っている事件にヒントを得ているのだから当然といえば当然だが、リアリティに関しては問題ない。もちろんある程度のデフォルメはあるだろうが、登場人物全員がちゃんと人間臭い。地に足をつけて歩いてる。
ただし、どの作品を読んでも物語としての力が極端に弱い。着地点もいつもどこか消化不良だ。
筆力がある作家さんがアウトラインもあらすじもなく、妄想したことを適当に徒然草的に書いて無理矢理本にするとこうなる感じだろうか。


「メタボラ」も多分に漏れずそんな感じ。
記憶をなくし沖縄の森をさまよっていた僕は、宮古島出身の「ジェイク」と出会い「ギンジ」として新たな生活を始める。
バックパッカー宿で様々な人と出会い人生を上書きしていくギンジ。実は金持ちのどら息子だがホストクラブでおもしろおかしく稼ぐジェイク。しかしギンジは記憶を徐々に取り戻し、ネット心中の生き残りという自分の過去と対決することになる。


…ほら、つまんないあらすじ。
ネット心中にワーキングプア、ホスト、デリヘル、同性愛。家庭崩壊に沖縄基地問題まで、それはもう広〜く浅〜くぎっちぎちに網羅しているのだが、風呂敷を広げすぎてたためなくなった感が否めない。
新聞の一面読んでるんじゃないんだから、日本で起こってるいろんな出来事を総括されたところで引くだけだ。


唯一読み応えがあるのは後半の、記憶を取り戻したギンジの回想部分。
父親の暴力から家庭が崩壊しタコ部屋で働く人生に嫌気がさしてネット心中に参加するのだが、そこまでの不条理な追いつめられ方や閉塞感、何をやってもうまくいかないねっとりどろりと絡み付く不幸感なんてのはまさに桐野ワールド。
加速する不幸スパイラルの気持ち悪よさはOUTやグロテスクに通じる桐野作品の最大の魅力だ。


でもそうすると舞台を沖縄にする必要が全くないんだよね…。
基地問題とか放浪する若者とか、そーゆうの入れてみたかっただけ?
「ずみずみ」とか「あばっ」とか宮古弁を使いたかった、にしては沖縄という世界の描き方はひどく浅いし。
あれもこれもと欲張らずに、いくつかに分けたら良かったんじゃないかな。