「知識人とは何か」エドワード・W・サイード

知識人とは何か (平凡社ライブラリー)

知識人とは何か (平凡社ライブラリー)

自らを「知識人(intellectuals)」と称する学者は今どれほどいるのだろうか?
アントニオ・グラムシが提唱した「有機的知識人」、すなわち「社会に積極的に関与し、社会と人々の精神構造の根本的変革を目指す活動家」は、なお現代の研究者にとって理想とすべき生き方ではあるが、象牙の塔に引きこもり有識者を名乗る人々の中で自嘲的な冷笑を浮かべずにこの言葉を引用できる者は存在しないだろう。
近代というメタ物語が破綻したポストモダン以降、「知識人」は「帝国主義」や「植民地主義」、「家父長制」あるいは「自然」といった概念のように徹底的に批判され蹂躙されるべき言葉に成り下がった。


しかしエドワード・サイードはこの本の中で、蝋人形と化した「知識人」に今一度顔を与え、絶えず移り行く時代の中で生きる個人として再生させるという課題に取り組んだ。この本は1993年に6回にわたって放送されたBBCラジオの講演録を書籍化したものである。講演を通しサイードは「知識人とは何か」、「知識人は何を表象/代弁するのか」という問いに正面から取り組み、彼の書くものが常にそうであったように、率直な発言を繰り返している。


サイードが批判する知識人とは、エドワード・クロスマンの示唆した「失敗した神」を妄信する自動人形(オートマトン)的専門家たちである。「われわれの」神を崇拝し、「われわれの」価値からのみ物事を判断する偏狭者。他民族文化における悪弊を声高に告発しておきながら、自民族の悪弊には目をつぶる妄信者たちの一例として、サイードはトクヴィルのフランスのアルジェリア植民政策に対する示唆的なnegligenceを指摘する。知識人が実際の現場、生きた過程や運動から切り離される時、政治は疑似宗教的な熱狂にとってかわられる。
こうした知識人を告発するサイードの言葉はマグマのように沸き立ち火花を散らす。
「わたしはこう問いたい。あなたたちはなぜ、神が存在するなどと、曲がりなりにも信じたのか。知識人であるくせに、と。またさらに、こうも問いたい。貴方達が最初抱いていた信念とその後の幻滅を、これほど前に重要なものと想像する権利を、いったい誰があなたたちにあたえたのか、と。」(p.180)


サイードにとり、知識人とは世俗に生きるアマチュアであり、あらゆる権威から独立して実際に「生きられた経験」(lived experience)としての知識や真実を語り続ける人々の事である。常に権力の外に身を置き、アウトサイダーとして不安定な状態に身をおく個人のことである。どこにも適応せず、「内」の世界にとどまらない。中心に別れを告げ、周辺をさまよい、決して飼いならされず権力のゆがみを告発し続ける人々。そんな状態をサイードは比喩的に「亡命者」「永遠の漂泊者」と呼ぶ。


サイードの「亡命人」としての経歴がこうした知識人観に大きく影響を与えていることは疑うべくもない。この講演がしばしばサイードの精神的自叙伝と評されるのはそのためだろう。
パレスチナに生まれアメリカへ移住。ハーバード出身の文学者としてキャリアをつみ、アメリカ国内にありながらパレスチナ・アラブ擁護の立場を貫き通し、アメリカの外交政策を批判し続けた。1978年に上梓された著書「オリエンタリズム」は「西洋対東洋」という構図の虚構性を暴き出し、ポストコロニアリズム理論を構築した試金石として名高い。


サイードの知識人論は激烈で、率直で、どこか清々しい。しかしこの論考の中で決定的にかけているのは、「知識人はどの言語で語るのか」という根本的疑問である。サイードはこう語る。
「どのような知識人個人も、言語の中にうまれおちるし、生涯のほとんどをその言語の中で過ごす。生まれおちた言語が知的活動のための主要な媒体となる。もちろん言語は、つねに民族言語である。」(p.60)


しかし彼自身がその学者人生の大半を入植国アメリカで過ごしたように、多くの学者は民族言語のみで研究を続けていくことなどできはしない。実際の研究者達は理系・文系どちらの場でも、英語やフランス語といった旧植民国の言語で発表することが求められるし、その能力がない場合、「漂泊」することすらかなわない。また、母国語を2つ以上もって生まれ育つような人々も、例えば私のいるカナダのような移民国家ではけして珍しくない。
多言語環境に生まれおちた知識人は、何語で語ればよいのか。彼・彼女が選んだその言葉は果たして「民族言語」と呼べるのか。言語は決して我々が生み落とされる第2の子宮ではない。個人が知識人として生きていく上で、環境や求められる状況に応じて使い分けざるを得ない、既に構築されたシステムなのだから。


この点についてジュリア・クリステヴァが1998年に発表した「異邦人」はより現実的でアイロニカルな視点を示しているように思う。母国語と居住先の言語、その2つの狭間で異邦人は確かに自由を獲得する。しかしその代償として、どちらの言葉を使えば良いか戸惑いためらい決定できず、そしてしばしば沈黙を余儀なくされるというのだ。ユダヤ人としてブルガリアに生まれ、フランスで研究活動を続ける彼女の「生きた経験」は、周辺に留まらざるを得なかったゆえに知識人となった人々を、民族言語ですらも「失敗した神」とせざるを得なかった人々を、サイードの知識人よりも率直に表象していると言える。


神なき時代をどう表象するか。亡命者でありつづけるとはどういうことか。
学者のタマゴとして私も考えつづけねばなるまい。